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恋愛弱者として馬鹿にされる高齢童貞と童貞で30歳になった俺物語

うららかな春の日、皆様いかがお過ごしでしょうか。ナデガタです。
この度30になりまして。ええ。最低の気分です。

誕生日が嫌いです。あんまり言うといかにも天邪鬼アピールみたいでイヤなんですがね、気落ちするんですよ。自分がいかに無駄な一年を送ってきたか、という事を考えさせられてしまって。

刹那的に生きれば良いやって思えたことで、気持ちが楽になり生きるのが楽しくなった。なのに、誕生日という「区切り」のせいで、忘れたい焦燥感がせり上がってくるのです。30なもんで、10年分ですわ。

なんつーか、いずれ来ることはわかっていたのですが、実際なってみてやっぱ、「30歳童貞」という事実は胸に突き刺さるものがあるんですよ。
あ、俺はまた、「普通の人生」から外れてしまったんだって。

大げさですかね。
ですがね、ただ単に「セックスの経験の有無」というか、「セックスしてえ」って欲求の問題だけじゃないんです。
「いい年して恋愛の経験がない」っていうことが、恋愛というステージで戦うことを困難にするのですよ。
だって、ダサいし、カッコ悪いから。
若者の場合、経験がないのが当然だから、ある程度受け入れられるでしょう。だけど、いい年して恋愛経験がないということは、「年齢的に当然持っていると思われるコモンセンスに欠ける非常識な人間」になってしまうのですよ。*1

恋愛に興味が無い人であれば、経験がなくても全然問題ないでしょうし、普通でしょう。恋愛して当然という常識、それ自体が無意味だから。
僕は、恋愛がしたい。実際言ってるだけで、なにか行動を移したわけでもないし勇気もないけど、それを完全に諦めるなんてできないわけで。

そんな感じの中、燻った心をえぐるツイートを目にしたわけで。


ああ、これですよ。
恋愛経験がないと、「恋愛でこれはNGだろう」という感覚が掴めず、知らずに相手にとってありえない行動をとってしまうということの、典型的なケース。
これ、「こういう奴がいた」って話だけでなく、「38歳童貞」という属性で語られる、まさに高齢童貞の典型例として示されているのですよ。
男が必死で考えて、相手を喜ばせたいという善意からの行動が、寒々しい結果に終わってしまう、この虚しさと情けなさ。もしこの先、僕が恋愛というステージに立てたとしても、待っているのはこの落胆なのだと。

こういう、女性からの声、ありがたい面もあるんですよ。知りようのない女性の本音が聞けるのは、僕らにとってこれ以上ない啓蒙ですよ。
と思ったりすることで、心を落ち着かせようと思ったのですが、ツイート主の追いティファニーを見て、あ、これ、デートした男性に対するいじめと、全ての高齢童貞に対する呪詛だって思ったのでした。

あ、別に、友人のデート相手に対する愚痴を、ただ紹介したってだけでなくて、ダサい童貞のみっともない話をネタにして、その反響が大きかったので、その友人からさらに多くのエピソードを仕入れて、再びネタにした、ってだけなんだ。

それ、いじめじゃんねえ。デートのエピソードをただ友人にいうのはまぁ、わかりますよ。ツイッターで反響あったので更にって。

この男性を肯定できないのはわかりますよ。ただ、彼の本気を、不器用な善意を、弱さとひとりよがりを、仲間内でネタとしてシェアして、ネットで弄られるって、いじめでしかないと思うんですよ。
僕がデート相手に同じ事されたら、多分立ち直れないですよ。

一種の童貞萌え的なツイートだったとのことですが、30歳童貞の僕からすると、呪詛以外の何物でもないんですよね。「お前らはまともじゃなんだ」って、さんざん自覚している事実を押し付けられている感じ。 その悪意を自覚しないで愛情の発露だと主張するの、いじめっ子の理論で恐いなと。

「38歳童貞」という属性でこのケースを紹介したのは、当事者の彼だけでなく、同じ状況で同じ行動しか取れないであろう世の中の高齢童貞に対する、別け隔てない呪詛ですからね。

童貞で30歳になったという暗い事実が、高齢童貞がどのように馬鹿にされるかというケースを目の当たりにして、実体感を増して重くのしかかる、そんなクソッタレな生誕記念日を迎えたのでした。

*1:若いころの童貞と年取った後でも童貞なのは別事象なのですよ。だからですね〜、俺も昔は童貞だったとか言って未だに名誉童貞ヅラして童貞語り非モテ語りする非童貞連中、地獄の業火にくべたいなって、思いますがここでは別のお話。